新作落語の好きな演目に「ぜんざい公社」というのがある。
ある日、町内に国営の「ぜんざい公社」なるお店ができる。ものは試しと主人公の男がぜんざいを食べにいくと、住所氏名、家族構成から職業まで細かく訊かれ、ぜんざいを食べるための書類作製が始まる。
たかがぜんざいにお餅の焼き方はどうだとか、健康診断を受けさせられたり、やれ印鑑を押せだとか、いろいろな手続きがあり、その度に男は窓口をたらい回しにされる・・・またあまりの高額なぜんざいに、注文を取り消す、というと契約不履行により訴えられることになるという始末。ようやくどうにかこうにかぜんざいを食べるところまで辿り着くが、出てきた椀の蓋を開けると、豆と餅だけで汁が入っていない・・・・さてその落ちは・・・。
「特許庁」に行ってそんな話を思い出してしまった。
ノートの罫線に関する新しいデザインを考案し、意匠登録の出願をしたのが6月。半年待って先日「拒絶理由通知書」が届いた。すでに過去に登録された意匠に類似するとのことである。
もちろん事前にいろいろと検索はしておいたのだが、漏れがあったかと、通知された番号を「特許電子図書館」で調べてみると・・・出てきたのがこれ。
何じゃ!?こりゃー!!これでは全くの「ノイズ」ではないか。これと「類似」しているからダメ、というのであれば世の中の全ての平面デザインは意匠登録できないことになるだろう(笑)。
審査官と電話で話をすると「原本にあたってみてください。」と言われた。それでやれやれとばかり「虎ノ門」まで出かけることになったのである。
当日は前日の激しい雨とは打って変わって晴天だったのは幸いだったが、強風で電車のダイヤは乱れまくりだった。
窓口でこれこれしかじかと話をすると、まず「独立行政法人 工業所有権情報・研修館」に案内され、パソコンでデータを検索するように言われた。しかし、出てきたものは当然ながら同じ「ノイズ」の写真。だからそれはもう最初に説明したでしょ、と。これしかデータがないという係員に、これでは役に立たない旨を説明するとようやく「原本閲覧請求」の窓口を教えられた。
そちらで書類を記入し、(見るだけで¥1,500もかかる!)、話をすると、またまた同じ「ノイズ」写真の載った意匠公報を出してくる。だからそれでは何が写っているか判らんでしょ、ということになり、「原本閲覧」を願い出るとしばらく待たされた後、「あのー、その原本は既に廃棄処分されています。」との返事が返ってきた。
ちょっと待てー!廃棄処分された原本がなんで新しい意匠登録の拒絶理由になるのよ!ありえねぇー!
廃棄されているので、これ以上の資料がない、というところを、審査官が拒絶の理由にこの旧意匠を当てたということは、写真か何か資料を審査官が持っている筈だと、しばしその窓口の係りの人と問答。という訳で係員も渋々納得し、審査官に当たってみます、ということになった。
どれ位待ちますか、と尋ねると、「資料が出るようでしたら電話します。」とのこと。今日じゃないの?別の日なのかー!?
お役所仕事かー!!!・・・・・・って、いや、お役所なんだけど。
結局、次の日に資料はすぐに見つかって、電話が来たので2日に渡って特許庁を訪れることになった。地方に住んでいる人なら対応できないかもしれない。日本経済の戦略的に重要な部分を担う役所でもこのクオリティー。お寒いことだ。
さて、再び訪れてみると、やはり少しは明確に意匠の分かる白黒写真が出てきたのであった。
書類に記入して、役所の中にある(社)「発明協会」の窓口で「特許印紙」1,500円分を購入し、添付する。(ここの窓口にいるおばさん2人はいつも暇そうにお喋りに余念がない。何で印紙の販売に2人もいるのだろう)
これで正式に資料閲覧となる。コピーを取りたいという旨を告げると、今度はコピーを申請する書類に記入するように言われた・・・ぜんざい公社・・・。5枚まで¥368。1枚でも¥368・・・ぜんざい公社。
資料を受け取ろうとすると、渡してくれない。資料は置いておいて、書類を持って、次はまたまた庁舎内に入っている外郭団体の(財)「日本特許情報機構」の窓口に行けという。そこで書類を提出すると「5分ほどしたらまたいらしてください。」と言われたのであった。図書館のようにコピー機が設置してあれば¥10ですぐに済むところをたらい回しである。まさにぜんざい公社の真骨頂。
不要と思えるような外郭団体ばかりなのは、天下り先の確保かい、と嫌味の一つも言いたくなる。
さて、冒頭の「ぜんざい公社」であるが、落ちは「役所だけに甘い汁は先にこちらで吸うております。」
かなり辛辣なためか、落ちには別バージョンもあったように思う。
「ぜんざい公社」のような業務上のお役所仕事が目に付く「特許庁」ではあるが、「12月31日と1月1日は時間的に繋がっている」などと、ふざけたことを言う「文化庁」に比べれば随分ましであろう。少なくとも工業分野は日進月歩であるので、なんとか時代にキャッチアップしていこうとする姿勢は見えるのである。そのために「特許法」などはころころと短期間で改正される。ついこの間まで「知的所有権」という言葉を使っていたのに2002年からは「知的財産権」という言葉に改められた。「工業所有権」も「産業財産権」という言葉になっている(知的財産戦略大綱)。
(「文化庁」の扱う著作権もデジタル化の波によってその取り扱いを根本的に考え直さなければならない機運が高まっているが、ともすれば逆行しているかのようにも見える。(
映画DVD製造等仮処分事件))
デザイナーが個人や事務所単位で、作品をギャラリー等で発表する場合、基本的に産業財産権は著作権では保護されないので気をつけたいところである。有名なデザイナーであれば剽窃されることもないだろうが、そうでなければデザイナーがWEB等でCGなどを使って発表した作品は公知のものとなるおそれがある。大切なものであれば事前に「意匠登録」を済ませておく必要がある。
個人的な経験でいうと「意匠登録」は「実用新案」や「特許」に比べ、書類を書くのが楽である。図面や写真がメインになるからだ。
「弁理士」事務所などに手続きを頼むと、かなり高額な費用がかかると思うが、自分で出願すれば、出願だけなら今現在で1件、¥16,000+α(電子化手数料など)で済む(登録査定後の登録料は別途かかる)。デザイナーなら経験しておいても悪くないだろう。
詳しい手続きに関しては
特許庁のHPを熟読すればこれは相当丁寧に書いてある。また、(社)「発明協会」や「弁理士会」でもいろいろな相談にのってくれるが、はっきり言って一番よく相談にのってくれるのが、当の特許庁なのである。東京にアクセスできる人なら訪れる価値はある。無料の相談窓口があり、また手続き等に関する冊子も無料で頂くことができる。いろいろと悪口を書いた罪滅ぼしに言うのではないが(笑)、私の少ない経験ではあるが、「特許庁」は相談者に対しては驚くほど親切に対応してくれる。
あと、注意しなくてはならないのは「発明協会」と「発明学会」は全く別だということ。「発明学会」は民間団体で、著作権登録ビジネスなど、実は全く法的保護を受けられない制度などとのかかわりもあり、要注意である。民間団体の著作権登録制度に登録したからといって何の産業財産権も発生しないどころか、アイデアが公知のものとなって新規性が消失することになるので気をつけなければならない。
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