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がんばれ!図工の時間!!

小学校の授業時間削減のあおりを食らって「図工」の時間が削減されているという。

「頑張れ図工!」復権求め先生ら署名 学力低下論も逆風

おいおい、98年から削減されているたのか?10年近く経って「危機感」だの「復権」だのってなあ・・・まあ、これも現場では、文科省や父母の意向に逆らいにくいということか・・・しかし、デザイナーや工業関係を巻き込んで、もっと早くにムーブメントを起こすこともできたのでは・・・とまあ、部外者が御気楽な意見を言ってもしかたがないのだが・・・。

今回は「がんばれ!図工の時間!!」というフォーラムを立ち上げて、図画工作科の授業時数を増やすための活動を行うということ。実行委員の中には「ピタゴラスイッチ」でお馴染みの佐藤雅彦氏の名前もみえる。
微力ながら署名させていただいた。

「がんばれ!図工の時間!!」のHP自体が図工がテーマの割にはなんかショボクないか?って思えてしまうのが不安だが・・・。白黒のテキストだけでなく、もっとカラフルというか楽しい雰囲気にして、運動が盛り上がる気分にさせてくれればいいのに・・・。なんか、やる気が感じられないんだよねー。期待薄かあ・・・。


こどものころ、図画工作ってやはり、一番好きだったな。どーしても思っている絵が描けなかったり、造りたいものが造れなかったりして、嫌になることも多かったが・・・。頭が固かったので、想像してものを描くということが苦手だった。見たものを見えた通りに描きたかった。もちろん、そんな技量がないので絵を描くのは好きなのに苦痛でもあった。

小学校3年生のときに図書館にあったデッサンの本に感激して、近所の文房具屋で木炭やら木炭紙を揃えた。まあ、取りあえず、形から入って満足してしまう性質ってことだな(笑)。(知り合いに漫画家のお姉さんがいたこともあって、漫画家に憧れていた。3,4年のころにはつけペンやら墨汁やらケント紙まで揃えていたように思う。漫画家になるには「デッサン」というものが大切だそーだ(笑))そしてあと一つ、どーしても自分の脳内デッサン計画を完結させるためには「フェキサチーフ」が必用だった。

まあ、下町の商店街の文房具屋に木炭やら木炭紙が置いてあったことでさえ、今から思えば奇跡だが、さすがに「フェキサチーフ」には店のおばさんも首をひねっていた。
デッサン計画がいきなり頓挫するかと思いきや、おばさんは、奥で何やらごそごそしてから瓶に入った液体を持ってきたのであった。
その相当に古いデッサンの本によればフェキサは霧吹きに入れて使う液体であった。スプレータイプなんてまともな画材屋にもあったかどうか。
意気揚揚と読めないアルファベットの記載された瓶を持ち帰った。

さあ、デッサンを開始!デッサンといえば「石膏像」しかあるまい。誰が何と言っても「石膏像」なのだ。で、小学校の先生に石膏デッサンをしたいと言ったのが・・・なぜかさせて貰えなかったんだよねえ。指導要領で3年生にデッサンは早い!もっと子供らしく自由な想像力で描かせよう・・ってことではなくて、単に美術室の奥から石膏像なんて出してくるのが面倒だったからだろう。

初めて石膏デッサンをさせてもらったのは6年生になってからだ。かくて天才画家に育っていたかもしれない私の才能はあっけなくしぼんだのである。ああ、失われた3年間よ・・・って、石膏がなきゃないで何か描けよ。

木炭ってのは「パン」を練ったもので消すんですな。O・ヘンリーの小説も読んでいたから、中にバターが塗っていないことも確認済みです(笑)。

さて、絵が完成したあと、ついに、あの秘蔵のフェキサチーフの出番が来たのであった。霧吹きに入れて噴射すると・・・・

もっと後で判ったのだが、それは油絵用のリンシードオイルだった。クラスで一人だけ油まみれになった絵を前にして、そのあとどーしたか、まるで思い出せない。

学校の教科は算数にしろ、国語にしろ、うまくおもしろさの方向付けをしてやれば結構生徒は興味を持つことができるものだ。自分は低学年のころ、読書が苦手だったのだが、母親にジュブナイルのSF小説を買い与えられてから世界が一変した。「こんなマンガみたいな話を読んでもいいの?」と。
それ以来、本が大好きになり、小学校でも中学校でも図書館のSFは全部読破し、「創元」やら「早川」に手を伸ばしていくことになる。算数が好きになったのも、父親の持っていた「数学パズル」の本に魅せられてからだ。

図画工作はこれとは逆で子供たちは面白さを充分に知っているわけだ。だから、それだけでなくて実際は、アート、デザイン、IT、工業などの基礎として、実社会で大きな役割を担うクリエイト分野の端緒であり、「物作り日本」の礎になるということをもっと父母らにアピールしていく必要があるだろう。実際、社会に出てからの自分の仕事のベクトルは「図画工作」の延長線上に他ならないのだから。
「クリエイト」、それは文字通り、神にのみ可能とされた業である。因果なことに、この神の遺伝子を受け継いでしまった人種は、どーもその「図画工作」の延長線上でしか人生を歩めないようにできているらしい・・・
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2件のコメント

[C83]

パンはお約束ですが食べてました。集中力がきれたらお腹がすいてる状態のループで。

図工の時間がピタゴラみたいにおもしろい授業だったらすごく「発想」とか「想像」とか「作る」とか経過が楽しくなるでしょうね。これを育成しないと結果の意味とかわからないだろうなあ。

[C85] 図工の現場

難しい問題ですよね。先生にしても図工ってやらせとけば手を抜けるって意識があるだろうし・・・なんか絵を描かせておいて算数の採点とかしてそうだ。中学校の美術とは違って、教育大で美術をやってても学校では全教科担当しなきゃならないし。
自分の小学生時代でさえ、業者の出来合いの教材とかたくさんあったなあ。まあ、それもうまく使うかどうかなんでしょうけれど・・・。
  • 2007-01-10
  • horirium
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