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デザインとエコロジー

パッケージ話、その3

毎週金曜日の夜にフジテレビで放映されている「ニューデザインパラダイス」。
既存の品物を著名なデザイナーにリメイクさせるというエンターテイメント番組。(番組によれば「知的情報番組」ということだが。)

他に無いユニークな番組なのでいつも楽しく見ているが、薀蓄部分が多く、肝心のデザイナーの作業にはほとんど光が当てられないのが残念である。まあ、デザイナーもあまり手の内はあかせない、ということか。

谷原章介の過剰な演技には慣れたが(というかビデオで撮って跳ばします)、全体の作りはいかにも小山薫堂らしい軽さであり、もう少し物作りに真摯に取り組んだ番組構成になったら、と無いものねだりをしてしまう。

さて、ページ真中左にある「作品リスト」から98回、「ティッシュ箱」を見てみよう。

de07.jpg


大友学氏による「ティッシュ箱」である。

使った後に箱が邪魔になるのなら、その箱を消してしまおうというアプローチである。
全体の側面を本を綴じる要領で「天のり」で覆ってしまおうという発想である。側面に印刷も可能、とのこと。

表面からぱらりぱらりと剥がれ、糊は非常に薄くてティッシュペーパーを触っても肌触りなどには影響しないということ。

まあ、この辺りは「言葉」で表現されたのが残念であった。
このモックの写真ではがちがちに木工用ボンドで固めたように見えるので、ほんとうに一枚一枚はらり、とはずれるかは難しいところ。
しかも輸送中や、取り扱っているときに途中から剥がれたりしてはいけないわけで・・・

製品として完結するかは別として、すっきりしていて面白いかと思う。

しかし、実際には企業で採用されることはないだろう。肌に直接ふれたり、ときには口に入ることもある品物だから、こういう余計なもので全体をコーティングするとなると、それだけでも、糊や印刷インクが人体に影響がないということを検証しなければならない。
そのスクリーニングだけでもとんでもない手間になる。コストメリットを考えるとどうか。いかに安全な化学物質であっても過敏な人はいるもので、企業としてはわざわざリスクを冒したがらないだろう。

一番気になったのは番組的に、箱を無くせば、究極のエコロジーなのだ、というような構成であったことだ。
たしかに一見するとそう見える。使い切ったときには何も無くなってしまうということなので。
mixiのコミュでも「環境にやさしい」だの「エコロジーでいい」などという意見ばかりで呆れてしまった。(そちらで反対意見を書くと荒れてしまいそうなのでやめたが)
一般の消費者というのはかくも見た目にごまかされるということか。

製造過程を考えてほしい。
何もしなければそのままで済む、ティッシュの束をわざわざ糊で包むのである。

薬品を塗布し、乾燥させ、印刷を載せる。その工程だけでも余分なエネルギーを消費するのだ。
おまけに糊を塗布する機械などいちいち洗浄しないといけないだろう。環境に対して余計なインパクトが生じる。

一番環境にやさしいティッシュのデリバリー方法はトイレットペーパーのように多くの束を裸で1パックとして販売する方法であろうかと思う。
束は例えば200枚ごとに色つきのペーパーが入っていて、1束ごとの目検討がつくようになっている。
それをティッシュの外箱に詰め替えて使うのである。外箱を20回使いまわせば、それだけで単純に外箱をゴミとして捨てることによる環境インパクトを1/20に減らせる。
PPによる折り曲げの外箱を使えばさらにかなり長い間外箱を使えるだろう。
(実際にこれに近いシステムは、すでに大手のホームセンターなどでは採用されている)

この大友氏のデザインがダメだということではない。徒に環境、環境とお題目のように唱えてデザインの売り物にするな、ということを言いたい。
多少、環境に優しくはないけど、見た目がスッキリしているからいいでしょ、気に入った人は買ってください、ぐらい言えばいいのでは。

毎日、毎日、人は石油生産物を消費し、車に乗り、環境を汚しながら生きている。原罪のように因果な生き物なのだ。それらの環境インパクトをデザインの観点から少しでも減少させるようにすることはとても大切なことだ。それだけに、きちんとした裏付けがないのにいかにも、エコなデザインです、という必要はないだろう。

ある時期からデザイナーは環境、環境と言わなければいけないようになってしまった。
しかし、実際に排気ガスをクリーンにしたり、化学物質の人体への影響を減じるようにしているのは、デザイナーではなく、技術者であったり、化学者であったりする筈である。

デザイナーが環境を口にするとき、いかにも「私も環境に貢献していますよ!」と声高にアピールしているようで情けなさを感じることが多い。

言うまでもなく、デザインの観点からもできることはたくさんある筈だし、そういう姿勢はとても大切なこと。それだけに流行にのった上辺のエコだけを唱えてはいけない、と思う。

1989年の「名古屋デザイン博」で、まだほとんどの企業が環境問題を重要視していなかったときに、いち早く環境問題をメインテーマとした物作りを掲げたのが「デザイナー」達だったことを誇りに思う。

昨年、「東京デザイナーズウイーク」を見に行ったら、デザイン学生たちの屋外家具がたくさん並べられていた。ほとんどの学生がペットボトルや古タイヤを固めたりして苦労しているようだった。
君たちの先輩たちが目指して作ってきた文明の結果、君たちはエコという呪縛から解き放たれてデザインするということがなくなった。申し訳ないと思う。

なのに、ニューデザインパラダイス第100回では使い捨ての無料の「レインコート」だった・・・もうダメぽ・・・
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